これまでも、これからも・・・・・・・・・・・・・

 お陰様で当院は、平成14年をもちまして開院30周年を迎える事ができました。 昭和47年1月8日、現在の高知いちょう病院の前身である高知外科胃腸病院を初代院長高橋悟により当地に開設させていただき、爾来30年間社会が最も激変したこの時代を高知市の歴史とともに地道に歩みを重ねてまいりました。
 社会が求める理想の医療という概念も多様化したこの時代、私たちは常に地域に根ざした医療というものを心がけてきました。平成11年には全館リニューアルによる新生高知いちょう病院を発足させ、より皆様の身近な健康管理の専門家として、「小さくてもベスト」「女性にやさしい医療」を目標に日々医療活動を行っております。
 今後は消化器・大腸・肛門の専門分野をさらに充実させると同時に、現代社会の原動力となっている女性パワーに注目し、女性の健康づくりを何らかの形で応援していきたいと考えております。 過ぎし方から来し方へ、30年を振り返り常に私たちを支えて下さった方々があったこと、そして初心の念を忘れずにまた新たな歴史を築いて参ります。これまでも、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

高知いちょう病院スタッフ一同

写真左/患者様に説明をする初代院長高橋悟(昭和23年高橋医院にて)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
高知いちょう病院沿革 30周年を迎えて-理事長あいさつ
 私の医療の原点には、東京癌センターでの胃カメラの研修体験があり、そこで痛切に感じたのは胃ガンの早期発見の為の集団検診における胃カメラの必要性でした。当時県立中央病院外科に在任していた私は、研修後高知に戻り、集団検診移動検診班の一員として県内の医療過疎地を巡りながら、その念を一層強くいたしました。その思いが昭和47年に胃腸の専門病院として、高知外科胃腸科病院を開設したことにつながりました。現代でこそ胃カメラは改良が重ねられ、技術的にめざましい進歩をとげ人々に普及していますが、当時は苦痛とリスクを伴う抵抗のある検査の一つでした。私は、より多くの人に胃カメラ検査を受けてもらう為に日々研鑽し、また1つの影も見落とすまいと日々レントゲンの読影に励み、胃カメラ検査の先駆的な役割を果たしてまいったと自負いたしております。
 しかし決して私一人の力で順風満帆に現在に至ったわけではありません。弱冠38歳にして父と共に開業したその翌年、父が病に倒れ不安な中、何とか乗り越えてこられたのは、近藤先生をはじめとする元の同僚でもあった中央病院の先生方の温かいお力添えがあったからこそと肝に銘じております。
 胃カメラからスタートした当院も、大腸ガンの増加に伴い、現在では大腸カメラも積極的に取り入れ、胃十二指腸内視鏡・大腸内視鏡による苦痛のない精度の高い検査を医療の基本においています。
 開業以来30年が過ぎ、当時小学生だった娘が医師となり、良き伴侶であり同志でもある夫とともに、これからの高知いちょう病院を頼もしく背負い立って行こうとしています。若く理想に燃える二人の姿に昔日の自分の姿が思い起こされ今さらながら夢中で歩んできたこの30年間が決して自分一人の力によってあったのではなかったことを感じています。そしてそれが同僚の先生方や旧友であり、職場のスタッフ達、当院を訪れてくれた患者さん達、と様々な場での様々な人々の支えであったことに感謝の念にたえません。若い二人が受け継ぎ、築いていこうとするこれからの高知いちょう病院を今後とも宜しくお願い申し上げます。
昭和47年(1972) 医療法人高橋会高知外科胃腸病院開設 初代院長 高橋 悟たかはし さとる
大阪大学医学部卒 元国立高知病院院長(昭和60年没)
昭和48年(1973) 高橋 晃、院長に就任

昭和55年(1980)

晃院長高知県医師会理事に就任。
地域医療への積極的な取り組みを行う(63年退任)
平成 5年(1993) 亜佐子医師高知胃腸病院胃腸科に就任
大腸内視鏡への積極的な医療開始。
平成 7年(1995) 亜佐子医師千葉「幕張クリニック」にて内視鏡の研修。
平成 8年(1996) 謙介医師博士号取得。
亜佐子医師「東京社会福祉病院」にて肛門疾患の研修。

平成11年(1999)

より快適な医療環境を求めて全館改築
同時に「高知いちょう病院」へと改名
平成12年(2000) 女性専用外来開設
平成14年(2002) 開院30周年

平成15年(2003) 亜佐子医師院長就任

平成17年(2005) 日本病院医療機能評価取得

平成18年(2006) 亜佐子医師理事長就任

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Copyright2001-2006Kochi ichou Hospital
All Rights Reserved